白石昇−選評
 
選評 
日本大学新聞 第1112号より抜粋)



 

受賞作品を読む。


審査経過

応募総数は162編
大衆小説の割合増える傾向

 

 応募総数は百六十二編で、前回の百四十七編を十五編上回った。バラエティに富んだ作品が集まり、ジャンル別ではやはり小説が多く百十七編、詩・俳句・短歌十二編、エッセー・戯曲・評論・論文・その他が三十三編だった。
 ここ数年、内容的には純文学的なものよりも、大衆小説の割合が増えてきており、今回もその印象が強く感じられた。また、戯曲、エッセーなどにも読みごたえのある作品が目立った。
 学生(通信教育部を含む)からの応募は約八割で、文系はもちろん、理工系、医学部などから力作が寄せられた。
 選考は、本社で基本的な文章体裁、誤字などをチェックしたうえで予備選考して十五編に絞り、作者名を伏せて尾高、曽根の両氏に一次選考をお願いした。
 一次選考は五月三十一日に日本大学会館二〇一会議室で行われ、入選した五編のほか、石田和久さん(医学部実医研)の『深海の鼓動極まりて』と北村博美さん(文理・国文三)の戯曲『海辺の窓』が最終選考に残った。
 黒井氏を交えての最終選考会では、まず曽根氏が一次選考会の概略を説明した後、尾高、曽根両氏が改めて各作品に対する評価を発表。続いて黒井氏が七編の作品の評価と批評を述べ、各作品ごとの検討に移った。
 黒井、曽根両氏は『抜塞』を現在の日本に対する「批評性のある小説」と評価。一方、尾高氏は『アンカー』を推し、議論となったが、文芸賞に『抜塞』が、優秀賞に『アンカー』が決まった。
 また佳作は、規定通り三編選ばれた。最終選考に残った作品については、黒井氏が「昨年より質の向上が見られた」と語ったが、一次選考に残った作品について、尾高、曽根両氏が小説の形式になっておらず、「単に自分の体験や気持ちを綴ったものが多かった」と指摘した。
 今回の受賞者は、現役の学生が二人、卒業生が三人選ばれた。ワープロの原稿が目立ったが、文字が小さかったり、一行の字数が多かったりと読みにくいものもあった。
 根岸さんは第十一回の優秀賞を受賞している。

選考を終えて

今年の作品は…

 
〈審査員のプロフィール〉

 おだか しゅうや
 本名・尾上潤一。昭和12年生まれ。早稲田大学卒。芸術学部教授(文芸研究)。同47年文芸賞(河出書房)を受賞。

 くろい せんじ
 昭和7年生まれ。東京大学卒。同59年『群棲』で谷崎潤一郎賞を受賞。芥川賞選考委員を務める。最近作に『夢時計』などがある。

 そね ひろよし
 昭和15年生まれ。東京大学卒。文理学部教授(国文学演習)。主な著書に『伝記伊藤整』などがある。 


話のつくり方語り方が新鮮
尾高修也氏
 

 今回、上位の数編を選ぶのはやさしかったが、どれを当選作にするかで意見の違いがあった。
 白石昇「抜塞」が選ばれたのは、話の作り方と語り方が新鮮だという理由による。
 「抜塞」の語りは、昔の庄司薫のパソコン通信版とでも言うべきもので、いまの若者は庄司薫の名を知らず、読んでもいないのに、庄司薫のように書いている人が実に多い。「抜塞」の話のつくり方はうまいと思うが、パソコン通信の相手と実際に会って意外な経験をするという話は、いまたくさんあるように思う。事実、予選で落としたものにも同じような話があったのだが、相手と会う場面が「抜塞」はうまくて、段違いだった。
 私はこの小説の「おしゃべり」があまり面白くなかった。冗舌なおしゃべりエッセイ・スタイルで行く以上、いま巷にあふれている凡百の「エッセイ」を内容的にどれだけ超えられるか、本気で考えなければならないであろう。内容を充実させるためには、部分部分のアイデアが有機的につながって、展開が生じるように、もっと工夫する必要があろう。その場その場で才気が線香花火のように消えていくと、小説の面白さは出てこないからである。

構成力が群を抜く作品
黒井千次氏
 
 白石昇氏の「抜塞」は、テーマの明確さと構成力において、他の候補作より一歩先に出ている。日本人に父親とタイ人の母親との間に生まれたハーフである主人公の設定によって、日本が相対化され、日本的であることの中身が問われようとする。パソコンのメールが主人公と一人の少女を結びつけ、その枠から踏み出して二人が街の喫茶店で会う結末の展開が短編小説として成功している。パソコンの通信が少女からのもののみ記され、主人公の側はモノローグで記述される点なども工夫の跡が見られた。ただそのモノローグがやや冗長で、作者が主人公を甘やかし過ぎる点は気にかかる。しかし作品としての完成度は「抜塞」が最も高かった。

あざとすぎるほど今風
曾根博義氏
 
(注・真犯人をバラしてある記述があったので、当方の判断で二文字ほど削除しました。曽根さん、ごめんなさい。)
 第一次選考の時から肩入れしていた「抜塞」が、最後に「アンカー」と競り合って、見事文芸賞に決まったことを、作者とともに心からよろこびたい。
 あらゆる点であざとすぎるほど今風の小説である。難点もたしかにある。A4版50字詰60行、ほとんど改行無しのベタ組みという印刷フォーマットには正直いって閉口した。句読点の使い分けもかなりいい加減だ。話は単純で、主人公が高校生というのにもやや無理がある。しかし「フツウの日本人」以上に「フツウの日本人」になりたいと思っているハーフの、もっばらパソコン・メイルによるコミュニケーションを通じて、ハーフとしての意外な意識や苦悩が表現されているだけではなく、何よりもそのことが「フツウの日本人」に対する鋭い批評になっているところを高く買いたい。父が元キックボクサーで、「ボク」が空手の選手だというのもいい。「ボク」はタイ語と日本語のバイリンガルだと言っても、タイ語は読み書きできないという設定も効いている。地の文を「ボク」の独白にし、その中に「かな子」からのメイルだけを引用して、「かな子」あての「ボク」のメイルは省いているのも周到な計算の結果だろう。
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