九州芸術祭文学賞作品集 30 財団法人九州文化協会発行
序文より抜粋
細井秀雄
三十回、三十年の記念すべき区切りにふさわしい受賞作が決まった。大道珠貴「裸」。大道さんは三十三歳というから、賞が始まった時にはまだ三歳だったことになる。
九州芸術祭文学賞の選考会は一月二十日に、東京品川のホテルパシフィックで開かれた。第一回から選考委員をつとめる五木寛之氏、第五回からの秋山駿氏、福岡から上京した白石一郎氏と坊主頭で登場した立松和平氏もすでに十一回目とのことだった。これまでに芥川賞受賞作もあり、あまたの才能を排出した賞である。私は今年から選考会の末席を汚すことになったのだが、その緊張のあまりか、会場を間違えてしまい、開会時間ギリギリに駆け込むという失態だった。そんなアクシデントにもかかわらず、実に楽しく、有意義な一時間半に及ぶ選考だった。
〈途中略〉
以下は地区ごとの順番で、作品に触れていくことにする。
〈途中略〉
長崎県地区の白石昇さん「和合日和」はインドを舞台に、猫が自殺するという奇妙な味の小説。ケレン味が強すぎると言う評と、「この感覚を大事にすれば将来性あり」(白石氏)と、評価は大きく割れた。問題作であることだけは間違いない。
福岡文化連盟機関誌 文化 (第一三二号)
平成十一年度の第30回九州芸術祭文学賞(文化庁後援、財団法人九州文化協会と九州各県、福岡、北九州両政令市、両市教育委員会の主催)の地区優秀作と次席各十編が決まった。
最終選考会は来年一月二十日、東京で開き、最優秀作を選ぶ。最優秀作は「文學界」(文芸春秋社)四月号に転載される。
以下長崎県地区から抜粋
長崎県
川道岩見
このたびの長崎県の応募点数は十九編で、さして出色のものを見出すことはできなかった。そうした中でわりにおもしろく読んだのが、優秀作の「和合日和」であった。
主として感覚で書かれていて、話の筋はあってもなくてもいいようなものであるが、外国旅行中の話である。川には毎日死体が流れると言ったお国柄の中で、女は男と一夜を共にした。一緒に外出する約束であったのに、男は宿を出たまま帰らない。別の合宿の男とともに白猫にじゃれつかれ、女は睡眠中猫の頭を口に入れている。宿を出ても猫のじゃれは続き、その猫に導かれる格好で、寺院の菩提樹下で焚火をし、そこに自らを焼いた猫を食う話である。何となくけだるく、ものういさまが、そのまま猫の風景とつながっていて、現代の心象風景を映し出しているようでもある。食欲があって食べるのではない、他動的に、どちらかといえば被食物である猫の誘いで、その猫を食う風である。通常の食物としては頂けないが、白猫神を頂くとすれば有り難い話である。
佳作の「ロビンス・エッグ・ブルー―コマドリの青い卵―」は「和合日和」とは対照的に、まとまりのよい無難な作品である。車の事故で娘の腕を失くするよりほかなかった教師が、その苦悩のため離婚、皮膚病にとりつかれ、似た事情の老画家の死に立ち会わされる話である。起承転結よく計算されている。
どちらを優秀作にしてもよいのだが、おもしろい方にしようと、審査の三名の意見が一致した。この二作をとることも一致したのであるが、それは何れも優秀であるというよりも、それをとらざるをえないほど、全体的に不作であった、といわねばならないのであろう。
文學界2000年四月号(文藝春秋社発行)
以下コメントしてある部分のみ抜粋
白石一郎
〈冒頭略〉
白石昇「和合日和」は奇妙な印象の残る作品で、読後いつまでも心にかかった。作中の猫はいったい何の象徴なのか、土地の精霊ではないかと考えさせたりする。私はこの作品に新しい才能を感じたが、やはりつよく推すにはもう少し普遍的な説得力がほしい。
〈以下略〉
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