藝道日記。(平成 11/07/07)


平成十一年七月七日
 

レック様。
 いつか東北の方に行こう行こうと思っててお友達からも来い来いと言われ続けいたにも関わらずなんかいろいろと事情が重なり初めてタイに来てから11年、ずっとイサーンと呼ばれるタイ東北部ヴァージンを誰に操をたてることなく守り続けてきたあたしでありましたが、あまりいつまでもカマトトぶっていられないと三十路を過ぎて我が身を省みた上でレック様のお誘いもあったため、破瓜の痛みをこらえつつ今回の里帰りにご同行させていただくことになったわけです。

 
 レック様はカオサン通りの某ナットゲストハウスでウエイトレスをされている私の友人なのですが、日本人に人気がある方で、特にちょっと電波入ってそうな日本人男性から気に入られるといった不思議な魅力を持つ方なのですが、私も多少電波系の藝人ではありますけれどもレック様とは女同志の親しい友人と言った間柄であり、恋愛感情が全く介在しないいい友人ではあります。

 そのレック様から、行くなら十七時に店まで来い、と言われて行ったものの、レック様はシャワーを浴びられているそうでそこで指示されるがままそのまま待っていたのですが、一時間以上経っても出ていらっしゃらず、一時間半ほど経ってようやく店の前に出ていらっしゃいました。

 レック様がいらっしゃったので私も荷物をまとめてモーチット北バスターミナルに行く準備をしたのですが、見送りが三人もいらっしゃっていて、一台のタクシーに運転手さんをのぞく合計五人。かなり苦しい思いをして渋滞のバンコクをモーチットまで行くことに相成りました。

 見送りの三人のうち、とても可愛い二人が女性第二種、日本のスラングでおかまと呼ばれる方たちであり、よくよく考えてみるとナットゲストハウスでレック様とともに働く同僚の方にも女性第二種の方が二人おられるので、レック様に、
「なぜあなたは女性第二種の友人が多いのですか?」
 と聞いてみたのですが、レック様は自分でもよくわからない、と答えながらなぜか十本も買い占められたクレープを食べられていたので、私もこれ以上電波系日本人とか女性第二種に好かれるレック様の魅力について考えることをやめ、ただ、レック様からいただいたクレープを二本ほどありがたくいただく事にしました。


このチケットを買うと、
ウボンに行けます。
 モーチットのバスターミナルに着き、窓口で二五〇バーツ払って十九時三〇分発のバスチケットを買い、乗り場に行ったのですが、なぜかレック様が心変わりなされて、二十時発のバスにしようとおっしゃいました。理由を聞くと、理由はない、とおっしゃいます。年頃の移ろいやすい女ごころは時々私にも理解できません。

 
 
 私は切符を買い換えに行かれたレック様を女性第二種も含めた三人のご友人と一緒に待ちながら、突っ立っているのも甚だ手持ちぶさたであるので、ヤクルトを買うことにしました。

 売店に行くと、ヤクルト一本十バーツだと言われ、これはきっとこの売店だけの特別価格なのだと思い、何軒か売店を回ってみたのですが、どこで売っているヤクルトも一律十バーツでした。

 普段12バーツのコーラが15バーツで販売されるのは何とか理解できるような気がするのですが、通常6バーツのヤクルトが十バーツで販売されているのは何となく理解できません。

 しかし、他に手持ちぶさたな今の状況を程良く緩和してくれる手頃な飲み物もありそうになかったので、私はおとなしく売店でヤクルトを五本買い、見送りの皆様とレック様にお渡ししました。

 バスに乗り込むと見送りの三人は帰ってしまい、私はレック様と二人で座席に座ったのですが、レック様はいきなりバックから錠剤を取り出し、二錠ほど口に入れました。

 私は、ははあこれが今タイで社会問題になっているアンフェタミン系の、ヤーバーと言われる覚醒剤なのだな、と思い、バスに乗るからキアイを入れるんだね、とレック様に聞くと、レック様は哀れみと怒りが絶妙に入り交じった表情を作り、
「バカじゃないの、これは乗り物酔いの薬よ」
 と冷ややかにおっしゃいました。

 私の反社会的な勘違いにあきれたのか、レック様はご自分の鞄の中のものをいろいろと物色し始めました。

 レック様の鞄の中には実にいろいろなものが入っておりました。ゲームボーイ、写真、お酒などが入っており、ゲームボーイにはキティちゃんパズルゲームのカセットが入っており、遊んでみろと言われたので、私は言われるがままにおとなしく遊んでみたのですが、すぐに飽きました。

 レック様はこのゲームを全面クリアしたらしく、得意げに私に自慢しながら、ゲームの中にあるキティちゃんの歴史博物館モードで表示される日本語の説明文の意味を説明して欲しそうでしたので、私は少しだけ訳して見せたあと、すぐに訳すことに飽きた為、巧妙に話を逸らしてキティちゃんから脱出することに成功しました。

 車内の電気が消されると、じきにレック様はお休みになられました。何故か顔面にタオルを巻いてお休みになられており、その様子は嫁入り前の娘が持つはずの色気のかけらもございませんでした。

 一応生物学的には雄と雌が暗がりで並んで横たわっているという色っぽい状況だったのですが、それをうち消すかのようにレック様は、ずっとタオルを顔面にまとったまま、時にはずれたタオルを被せなおし、あくまでもタオルに執着しつつ安らかにお休みになられておりました。
 

平成11年7月8日


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