と、言っても今年一月に引っ越して来た私には、この町の歯医者がどこにあるのか知らない。しかし別に日本の歯医者をよく知っているというわけでもない。私はこの世に生を受けて三十年間、歯医者というものとほとんど関わりの薄い人生を送ってきたのだ。永久歯を抜いたことなど一度もないし、詰め物をしているのは一本だけである。
しかしここにいても歯医者が見つかったり、往診して抜いてくれるわけではないのでとりあえず自転車を漕いで街のメインストリートへ行く。行った理由はいつも何となくそこで歯医者の看板を見ているような気がしたからだ。
しかし、 (歯いじり)、と書かれた看板のとこは閉まっていた。しょうがないので近くにいた (東京焼き)屋台のおばちゃんに訊く。おばちゃんは鉄板で焼けている甘い匂いの に玉蜀黍の粒を落としながら私の顔も見ずに、港近くの川そばに一軒ある、と教えてくれた。
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しかし行ってみると、看板に、 (歯維持)、と書かれたここも営業していない。とりあえず万策尽きた私は少し離れた市場までチャリを漕ぎ、卵屋のおばちゃんに訊いた。訊いた理由は、おばちゃんがいつも山のように積まれた卵の前で暇そうにしているからだ。
おばちゃんは、通りと川そばはやってなかった、という私の説明を聞き、じゃあんたあっちのお寺の前に一軒あるからあそこにしなさい、あっさり教えてくれた。痛い? と訊くと、痛くない、とおばちゃんは言う。
おばちゃんの言葉には何の根拠もないような気がするが、よくよく考えてみればそもそも私の質問自体がおかしい事に気づく。おぱちゃんはぜんぜん悪くない。悪いのは私。私はおばちゃんに礼を言ってチャリで寺の前へ行く。
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