藝道日記。(平成 12/10/22)
平成十二年十月二十二日(日)。

   
 徹夜明けのまま朝がやってきた。泰国内で初めて在泰の日系企業が主催したボクシング興行の結果を昨夜からずっと整理してページを製作していたのだ。眠くてかなり危険な状態だったが、朝になってしまったので仕方なくふらふらと水浴びしてからバスに乗って生米通りへ向かった。テラスゲストハウスに行くと、そこにはあたくしの事を嫌って、あちこちであたくしの悪口を流布しまくっている某ライターさんがいた。 
 
  
 あたくしやあたくしの友人はここ何年か彼本人や、彼や別の素人ライターを使っている編集プロダクションから著しく迷惑を被っていた。要するに彼はバンコクにたくさんいる基本的なプロ意識が著しく欠如しているゴロツキ的マスコミ関係者のひとりなのだ。

  

   
 あたくしはとりあえず彼に挨拶をしてから、
「素人のあなたにこれ以上何を言っても無駄だし、編集の方も意図的に貴方のような素人を使って取材の責任を回避しようとしている事がはっきりしたから、編集の方にメールで見解を求めたんだけど、意図的に無視してるんであそこの担当者、潰すよ。今まで担当者がやってきたこと全部表に出すから。それで素人の貴方に間接的に迷惑がかかるかもしれないけどその時は御免なさい。」と一気に言った。
 
  
 彼は一瞬だけ狼狽の表情を見せて、しばらく視線を中空に彷徨わせたあと、
「その担当者ならやめたから、言っても無駄だよ」と言う。それは、ゴロツキさんたちが自分に被害が被りそうなときによく使う手だった。彼等は辞めてもない人を辞めたことにして隠し、すぐに責任を回避しようとしたりる。
  
   
「こっちはあなたみたいな素人じゃないんだからちゃんと担当者の状況は調べた上で言ってるんです。そんな見え透いた嘘を付くのはやめて下さい。」あたくしはさすがに腹が立ったので強い調子で言うと某ライターさんは肩を落としすごく大きな身体を小さく丸め、黙った。

 ライターとして収入を得はじめる前、ただの旅行者だった頃からあたくしは彼のことを知っている。なぜなら彼の書いたものを最初にインターネット上で発信したのはあたくしだったからだ。その頃の彼はこんな風にその場しのぎの嘘を吐くひどい人間ではなかった。こうなってしまったのは、なにかおかしな意図の元に動いているいいかげんな世界の慣例を彼が受け入れてしまったからだと思う。
 

  
 あたくしの意思がどうにもならない、と思ったのか彼は、
「いいよじゃあ、好きなようにすればいいよ」と言い、微かに笑顔を見せた。それがこの何年かずっとあたくしからなにか言われたときに逆ギレして見せるときの表情ではなく、何か憑き物が落ちたような表情だったので、あたくしも思わず表情を緩め、
「うん。やめろって言われても好きにするけどね」とにこやかに答えておいた。

  

   
 テラスゲストハウスを出て生米通りへ行き、旅行代理店へ行き仲の良い姐さんに飛行機のチケットを予約してもらう。これで日本行きの日が十一月十九日に確定した。ついでにナコンシータマラート行きのバスチケットが売っていないかどうか、ここをはじめいくつかの代理店で聞いてみたが、どこで聞いても売っていなかった。よくよく考えてみれば、ナコンシータマラートは生米通りでチケットを求める外国人旅行者が行くようなところではない。観光地、と言うほどの場所ではないのだ。仕方がないのであたくしは南バスターミナルに行くためにバス停に向かった。
 
  
 バス停の近くに新しく本屋と喫茶店が一緒になった店が出来ていた。入ってみるとそこにはあたくし好みの本ばかり置いてある。そこであたくしは泰語訳のスタインベックを発見した。それはいつでも買えると思い、去年東京でのっぽん様にあげてしまった本だった。見つけたら新しく買おうと思って、北はメーサイから南はハジャイまで全国くまなくずっと探していたがその本は今日まで全然見つからなかったのだ。
  
   
 当然速攻で購入する。印刷履歴を見ると、先月増刷されたばかりらしい。表紙の色も前の版と違うので理由もなく何か得した気分になった。本を鞄に押し込むとバス停からエアコンバスに乗って南バスターミナルへ行く。窓口へ行き普通のエアコンバスを探すが全て満席だった。しかたなく午後六時半発VIPバスの切符を買う。VIPバスの運賃は四五四バーツもした。
 
  
 昨夜満足に寝ていないせいか、さすがにバスに乗ったらすぐに眠くなる。しかしどんなに爆睡していても夜食休憩の時にはしっかり目が覚めた。何しろVIPバスだ。食い放題のお粥がついているのだ。食わなければならない。しかし寝ぼけたままなので思うように身体が動かず体内にお粥を蹴り込むことは出来ない。食い終わるとあたくしは再びバスに乗り込んで爆睡した。
  

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