藝道日記。(平成 12/10/31)
平成十二年十月三十一日(火)。

   
 いつも通りあたくしは朝五時頃に起きてサイトを作っておりました。五時半頃田中良夫(仮名)様がお起きになられてランニングに出かけられました。そしてしばらくして戻ってこられると部屋の中で風と戯れはじめられました。そうです、いわゆるシャドウボクシングというヤツです。そしてしばらく風と闘ったあと、田中良夫(仮名)様は水を浴びに部屋の奥に行かれました。

 しばらくひとりで仕事をしておりますと、先生が入ってこられました。そして、田中良夫(仮名)は? と先生はあたくしに尋ねられます。奥で水を浴びておられます、とあたくしは答えました。田中良夫(仮名)はちゃんと風と闘ったか? と先生はあたくしに向かって更に言葉を繋ぎます。ええ、しっかり戯れておられました、とあたくしは答えました。
   

  
 おおおおい、俺は見てないぞお、と先生がお嘆きになっておられると田中良夫(仮名)様が戻ってこられて、すぐに先生に命じられるまま風と戯れはじめられました。タオルを腰に巻いたままの格好でした。

 先生はあたくしが国境に向かう前に壁に書いていった落書きがお気に召されたようで、あと三つ、田中良夫(仮名)様の部屋に書いていけ、とおっしゃいます。あたくしは仕事をしながらしだいに自分のまわりの世界が先生のものになってゆくのを感じながら生返事をいたしまして、自分の仕事を続けました。


   
 どうやら拳闘言語藝人である先生は言語藝人であるあたくしの力量を試そうとされているようです。あたくしは先生の言葉に自分の世界が浸食されていくのを感じ、キーボードを打つ手が遂に停まってしまいました。それを見極めたかのように先生は書け書け書け書け、はやく書け、とあたくしに命じられます。

 あたくしはとりあえず、

(最初に考えねばならないのは最重要項目だ)

 と書きました。アルツのあたくしはいつもこの事を自分に言い聞かせておかなければ、自分がやっていることが何なのか良く忘れてしまうのです。 

 先生はあたくしが書いたその文末に、(戦う者として)と書き加えられ、
 

  
(戦う者として最初に考えねばならないのは最重要項目だ)

 とされました。

 そしてあたくしは次に、


(脳は全身に在り)

 と書きました。いつもなら、脳は股間に在り、と書くのですが、さすがにそれは風と闘う時に田中良夫(仮名)様の視界に入るものとしてはあまり良くないような気がしたのです。

 とりあえずふたつほど書きましたが、あとのひとつは思いつきませんでした。すると先生は、しょうがないな、と言った感じのほほえみを浮かべられ、
  


(迅速機敏に、勝つために戦う)

   
と書かれました。先生はあたくしが書いたふたつを気に入っていただいたようでそれから昼食を摂り、駅に見送りに来てからもずっと褒めて下さいました。
 

 

  
 そして午前中からしっかり先生にパワーを吸い取られたあたくしは実に一時間以上遅れてホームに入ってきた鈍行列車の中でぐっすり眠る事が出来たのです。あたくしは薄れゆく意識の中で先生に御礼を言わずにはおれませんでした。
  


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