よいこの読書日記−平成9年2月

02/08 敵、ある愛の物語   アイザック・B・シンガー  角川文庫
     去年こっちに来て読んでた日本の小説が、よりによって戦中、戦後を書いたものが多くて、すっかり重い気分になってたんで、久しぶりに翻訳物でも読もうかと読み始めたら、これがまた、ジューイッシュの戦後ものだった。
     でも、なぜかそんなに重苦しく感じないのはきっと、日本の小説みたいに、ぐずぐずの私小説形式でなく、ちゃんと物語になっているからだと思う。この小説に書かれているジューイッシュの戦後は前提や舞台としてのものでしかないとすら思えるので、とても妙な感じで楽しく読めた。
     でも、その前提としておかれているジューイッシュの戦後ってのは、読んでてやっぱりイタいものがあり、つくづく、ジューイッシュって大変なんだなぁ、と思った。
     ベローより重くはないけど、ロスほど軽くない。サリンジャーほどマニアックでもないけど、カフカみたいに不条理ではない。初めてジューイッシュの小説を読む人にはおすすめ。

02/09 中上健次全集 第13巻  中上 健次   集英社
    『鰐の聖域』
       友達に借りて単行本で読んだから、実は読むのは2回目。相変わらず五郎は情けないが、モテまくる。素晴らしい引きで、これからどうなるんだと言うところで中上が死んじゃったため、未完。死ぬんだったらこの先書いてから死ねよ、と読む度に思うお話。
    『大洪水』
       『異族』に近い、「アジアディアスポラ物」とでも言えばよいのだろうか、週刊『SPA!』に連載されていたせいか、珍しくむちゃくちゃ読みやすい。でも、実験の密度は濃く、設定それ自体が物語論的ではあるが、理屈っぽくない。でも、おもしろい。
    『熱風』
       『大洪水』より読みやすく、ある意味では中上の作品の中でも格段に面白い、西村寿行とか、北方謙三とか船戸与一とかあの辺と肩を並べるくらいにレヴェルが高いエンターテインメントだとも言える。そう言った面白さを純粋に楽しめば、面白いことは面白いのだが、この作品が松本サリン事件の前に書かれていたかと思うと何か複雑。

02/13 エクスプレス タイ語   水野 潔/上田 玲子  白水社
     再読。バンコクで繰り広げられる、ヤマダとカイの愛の鞘当て。戯曲形式で展開する物語。ホンダの社員としてバンコクに単身赴任してきたヤマダはある日、道で見かけたチュラロンコン大学在学中の思わせぶりな女、カイにいきなり声を掛けて強引に知り合いになる。その後、アジア人どころか女自体に潜在的な偏見を持つヤマダは何とかカイをものにしようとマッチョに迫るが、思わせぶりな女カイは……。
     文体が非常にすっきりしてるので、読みやすい。セリフがいちいち思わせぶりで、行間を読むのが楽しい。ちなみに練習問題の正解率は57パーセント。4月までにおそらくもう一度読まなければならないだろう。


02/13 吉里吉里人    井上 ひさし    新潮社
     フォーチュナ・ホテルにマンガと一緒に置きっぱなしになってたのをだったのをギッて来ました。置いてってくれた人、有り難う。マルケスの『百年の孤独』とか大江健三郎の『同時代ゲーム』とか池澤夏樹の『マシアス・ギリの失脚』と同じような国家モノに分けていいと思われる。非常に着眼点が鋭く、作品それ自体が、日本という国家に対する批評(何かどっかで聞いたことあるセリフだ)になってて、とても面白かった。面白いのでむちゃくちゃなスピードで読めたが、後半さすがにダレた。

02/17 ただ 栄光のためでなく    落合 信彦    集英社文庫
     よっちゃんに貰った本。よっちゃん、どうも有り難う。
     国際ジャーナリスト、落合信彦氏の長編小説。裏表紙には、国際ノンフィクション・ノベルって書いてあるが、そんなワケねーだろう。最近、この手のワケのわからないノンフィクションが多い。そもそも、ノンフィクションって何だ? ドキュメンタリーやルポルタージュでなくてノンフィクションでなくてはならないのは何故だ? 誰か知ってる人は教えて下さい。
     著者の落合氏の存在も含めて、あまりにも作品に関するものの位置づけがはっきりしないので、それらに関しては一応おいといて、単純に小説としてコメントを述べる事にする。この小説、アメリカが舞台なのに素晴らしく浪花節的。男たちの駆け引きその他がすごく懐かしく、作中の大バクチ的な行動が全て主人公に都合の良い様な結果になってしまう。だが、こう言った成り上がりモノは、梶山季之や、はなとこばこ(漢字忘れた、誰か教えて)以外余り読んだことがないので、存在としてはとても貴重だと思う。落合氏も国際ジャーナリストだなんてよく分からない肩書きで仕事するより、小説家として、この手のモノだけを書いてその道の第一人者となって欲しいものです。

平成9年2月の1等賞

02/08 敵、ある愛の物語   アイザック・B・シンガー  角川文庫



平成9年2月の2等賞

02/09 中上健次全集 第13巻  中上 健次   集英社



平成9年2月の次点

02/13 吉里吉里人    井上 ひさし    新潮社


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