平成十一年四月十五日
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注)ハードディスクがクラッシュしたので、この日の画像データもありません。
| 午前十時頃目が覚め、宿代二ドルを払い、キャピトールカフェの正面の屋台でお粥一〇〇〇リエルを食う。昨日とは違う屋台。渡されたスプーンが砂型鋳造で作られたもので、表面がザラザラしており、このスプーンを型枠と一緒に砂の中に入れ、木の棒でトントンと砂を固めて鋳造用の型を作っているクメール人の姿を想像し、みなさん大変なのだな、と思う。
カフェに行ってアイスコーヒー九〇〇リエルを注文し、日記を付けていると、日本人のオヤジに話しかけられ、ここは何が楽しいんですかね、と聞かれてしばし考え込むが、「女と大麻みたいですよ」と答えておく。答えた後、決して発言の責任はとれないがあながち間違った答えではないと思う。そして、自分がもしかしたらプノンペンのスタンダードな楽しみを満喫していないような気もし始める。 屋台で三〇〇リエルのフランスパンを買い、歩きながら食い宿に戻る。戻ってジーンズとシャツ、下着を洗濯する。ついでにシャワーも浴びる。所持金をチェックすると、袋の奥から三四米ドルと一〇〇〇バーツが見つかる。お金を発見して少し気が大きくなる。 十二時十五分にカフェに行き、水五〇〇リエルを注文する。冷たくて美味しい。飲みながら日記を書き、本を読む。どこかに行ったり、何かをしたりするとこの日記に書かなければならないので、極力、何もしないようにする。 記録を中心に日々の出来事が制限されるのだから、ある意味、この日記はヤラセであるような気がする。しかしそう考えてみるとこの旅行自体がヤラセである。 そのうちこのカフェには見たことのある日本人のオヤジが多いことに気づく。一年半前に来たときとほとんどメンツが変わっていないような気がする。みんなここで何をしているのだろう、と思うが、あちらから見れば私も何をしているのかよくわからないのだろうと思い、考えるのをやめる。 何もしないといろいろな下らないことを考えがちなので、とりあえず備え付けの日本語情報ノートを見ることにする。奥野正雄氏の設置した情報ノートは何者かに持ち去られたらしく、新しいノートになっている。ノートには買春風俗情報満載。まさにお好きな殿方にはたまらない内容となっている。 思いがけぬ軍資金の発見により懐具合が良くなったため、景気良くカフェ正面のおばちゃん屋台で皮付き豚の煮込みご飯と魚肉スープを食う。魚は卵巣たわわで少し得した気分になる。全部で三〇〇〇リエル。 宿に戻って『一宇宙人の見た太平洋戦争』小松左京著(集英社文庫)読了。寝ながら読むととても現実と夢との区別がつき難く、うつらうつらしていると、うつらうつらしている小松左京が前から歩いてくる夢を見る。 宿を出て、正面のゲーセンをのぞくと、昨日大麻を巻いていた元気ある日本人の若者がゲームをしていた。そのままカフェに行き、水五〇〇リエルを頼み、飲む。飲んでいるとじきに、さっきゲーセンで見かけた若者が戻ってくる。バイクに乗ってくる。自分のものらしい。本当にここは謎の日本人が多い、と思う。 十八時までしばらく本を読んでいると、長身の純愛青年が上のゲストハウスから下りてきたらしく姿を現す。ようやく、置屋のベトナム娘に会えたらしく、今連れ出してきて、部屋で寝かせているらしいとのこと。明日はコンポンソムに向けて出発するらしいから、彼の純愛もここで一区切り着くようだ。 そのうちにバイクに乗っていた謎の若者の話になる。純愛青年の話によると、若者はシュムリアップまでバイクで行って帰ってきたらしい。「やっぱり早いらしいですよバイクで行くと」と純愛青年は言う。そらあ早いだろうが、途中何が出るかわからずあれほどでこぼこな道をバイクで行って帰ってくるなど、度胸がありすぎる。こういう若者の話を聞くと、日本の未来はとても明るいな、と思う。 夕方になり、サンドウィッチ一一〇〇リエルを買って部屋に戻り、寂しく夜食。そのまま寝転がって『晴れ、ときどき殺人』赤川次郎著(角川文庫)を読了。その後宿に残されていたむ一年以上前の週刊プロレスを隅から隅まで丁寧に読みながら、自分でも寝過ぎだな今日はと思いながらうとうとし始め、やがて寝てしまう。 |
この日使ったお金、約四五一円。
