ステージはとても低く、私は興味深げにそれを見ていると年長弟や村のちょっと不良っぽい若者達がさかんに私に向かってお前藝人だろ歌え歌って見せろと命じます。
私も、挑まれれば後に引くことがない攻めの藝人ですからすぐに、おおようゆうた覚悟しとけよお前らモードになったのですが、いかんせん私が歌詞を暗記している泰歌謡などほとんどありません。これは藝人としての心構えの問題ではなく、ただ単に私の記憶力の問題です。私は日本語でさえ、サラで歌える歌などほとんどないし、自分が書いた文章すら忘れまくりなのです。
「歌詞がわからないから、わかれば歌う」
と負け惜しみと取られても仕方がないお返事をしたのですが、不良っぽい若者の中のひとりが有り難いことに、家から歌本を持ってくる、とおっしゃいました。
その後、まだステージ設営完了までは多少時間があるようでしたので、私はパパイヤを千切りにしている若い娘さん達の中に入っておもむろにソムタムを作り始めました。
私は経験上自分のこの行為が、喩えてみれば外国人を泊めた日本人が朝起きてみると、すかさずその外国人が作ったみそ汁とご飯が海苔とお新香付きで出て来るとか、バースが岡田に将棋で勝つ、とかいうくらいショッキングで、アイデンティティーの脊髄を砕きトラウマを蹴り込む種類の行為だと知っているので、私は慣れた手つきで包丁と杵を操り、驚きの表情をたたえたまま千切りパパイヤと蟹の塩辛を石臼で突きまくり、それを皿に盛って見守っていたみなさんに得意満面で出来上がったソムタムを出したのですが、あろうことかその、パパイヤと茄子の隙間から這い出てきたのは一匹の、蛆のような形をした小さな虫、というより蛆そのものでした。
この村の皆様が特別優しいのか、それとも私と同じように蛆くらいではものともしないのか、その真意は定かではありませんが、皆様は私が作ったソムタムを美味しい、と言ってお食べになりました。蛆が出てきたことをのぞけば、そのソムタムは近年にないくらいの出来で、私もカオニャオとともに美味しくいただきました。もちろん蛆は食べませんでした。 |