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01月05日 アンナ・カレーニナ(下) トルストイ 新潮文庫 |
これを読んでわたくしは、世の中を幸せにする、と言うことは自分を幸せにする、と言うことと相反するようになるのだな、となんとなく思ったりしたのです。何故かこのお話が悲劇的な結末なのにそんなに悲劇的に感じないというのはその相反した自己撞着を抱えた登場人物が悲劇を締くくったからではないかとも思ったりしたのです。 |
01月08日 豚の報い 又吉栄喜 文藝春秋 |
悪い作品ではないのだけれど、もういいかげん沖縄的な題材には飽きた、と言うのが正直な感想。収録されているどちらの作品とも、沖縄的な題材、問題、気質などなしには成立しないと思う。もしかしたら沖縄的なものを沖縄の人間が現代日本語で語るという行為自体がもう限界なのかもしれないと思った。 |
01月11日 息子と恋人(中) D.H.ロレンス 角川文庫 |
芸術家嗜好を持つ息子はやがて恋愛などします。そしてやがて絵がけっこうな値で売れるのですが、それから別の女に目移りし始めてやがて別れます。絵が売れたことが直接の原因ではないようなのですが、もしかしたら結局それが原因なのかもしれません。 |
01月16日 さまよえる湖 スウェン・ヘディン 角川文庫 |
やはりどう考えても探検家とか旅行家というのはある種機密諜報業務を同時に執り行っていると考えるのが自然なようだ。このヘディンもそうだが芭蕉も伊能忠敬もみいんな、何かしらお上の思惑と自分の意思を融合させて旅をしている。 |
01月19日 息子と恋人(下) D.H.ロレンス 角川文庫 |
結局息子はどっちつかずでヘタレます。ヘタレた上に母親とも別れなければならなくなってしまうのです。藝の道に生きる者としてとりあえず父親のあとに母親を殺し損ねたのが彼の敗因だったと思いました。まあ、父親や母親に何らかの殺人的決着をつけなくても世の中幸せに暮らしている人はいくらでもいるのですから、それはそれで構わないのですが、それをひとつの表現として形にされると非常につらいものがありました。よくよく考えるとわたくしもそろそろ母親を殺さねばならない時期のようです。 |
01月24日 長崎ぶらり散歩 原田博二 親和文庫 |
書かれたものをよりよく伝えるために紙媒体だとか、デジタルだとかいう風な属性に分けて表現形式を選択するとするならば、この本は間違いなくデジタル的だと思う。長崎県内に位置している街道毎にその地名を挙げ、そこに関する細かいエピソードを記してあるのだが、そのエピソード毎に全くと言っていいほど繋がりがなく短いので、地図をおいといてそこをクリックするとそれが読める、という形式にすればいいと思った。内容については、金鍔次兵衛という人が印象に残ったが、これを書いている今、すでに何をした人なのか忘れていたりする。 |
01月25日 走る家族 黒井千次 集英社文庫 |
コルタサルの短編集の中にもこんな風に移動する車中でのお話があったような気がする。まずそれを思い出した。相変わらず黒井千次(敬称略)はこの世の中に住む大多数の視線で物事を見ている。しかしそれなのにどうしてあまり売れないのだろう、と考えてよくよく考えてみればひとの作品の売れ行きなどを心配している余裕なんか私にはないと考え直した。 |
01月27日 私の詩と真実 河上徹太郎 新潮社 |
昭和二十九年発行新潮社の一時間文庫、というシリーズらしい。末尾の広告を見ると、この一時間文庫にはとても素敵な書物が多数収められている。クリスチァン・デオィール著朝吹登水子訳『私は流行を作る』、読みてえ。ヘンリー・ミラー著吉田健一訳『性の世界』すげえ読みてえ。ジェームズ・サーバー著福田恆存訳『SEXは必要か』、頼む誰か俺に読ませてくれ。作者と題名も素晴らしいが訳者もそれに劣らず素晴らしい。 |
01月31日 星と舵 石原慎太郎 新潮文庫 |
非常に行程がよくわからない海洋小説だという印象を受けた。なんとなく、強姦がない西村寿行、って感じもする。同じ作者の『太陽の季節』とも必要以上に似た読後感を感じた。結局、総合的にそう感じさせるのがこの人の魅力なのかもしれない。それならなんとなく一般受けする理由もよく解る。 |
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